自社の持てる技術力を最大限に発揮するにはどうすればいいのか。お客様の要求に対し、最適な製品組み合わせを即座に提案するには。新人営業でも即戦力として活躍できるようにするには──。日本の製造業はかつて“世界トップレベル”と称された技術力と多彩な製品ラインアップを武器としてきた。しかし現在は、中国や台湾、アメリカがソフトウェア起点の設計思想とスタートアップエコシステムを梃子にして、急速に進化を続けている。その中で日本が競争力を維持するためには、知見や仕組みを進化させ続ける必要がある。
130年以上の歴史を持つ株式会社イシダも、自社の膨大な製品知識とカスタマイズ対応力を組織的に活用するための仕組みを模索してきた。その答えのひとつが、フューチャーアーティザンとともに開発・導入した独自のCPQ(Configure, Price, Quote)システムである。単なる標準化や業務効率化にとどまらず、130年の知見をデジタルで集約し、組織として即応できる体制構築へと挑んでいる。
株式会社イシダ 様
本社
京都市左京区
創業
1893年5月23日
資本金
9,900万円
売上高
1774億4000万(2025年3月決算)
主な事業内容
計量機、包装機、検査機の製品開発、製造、販売、メンテナンス
東日本産機システム部 部長 七尾悠児 氏
東日本産機システム部 営業二課 火之迫智範 氏
東日本産機システム部 営業二課 和田太一 氏
東日本産機システム部 次長 横治岳史 氏
※所属・役職は取材時点に基づく
1893年創業の株式会社イシダ(以下、イシダ)は、「はかりのイシダ」として知られ、130年以上にわたり日本の計量技術をリードしてきた。現在は、計量から包装、検査、搬送までを一貫して提案できるトータルソリューション企業として、食品、流通、物流、さらには医薬品分野まで多角的に展開している。
中核製品であるコンピュータスケールは、1972年の開発以来、国内市場でトップシェアを誇る。重量チェックや異物混入の検査装置などとあわせて、食品工場の生産ラインを高度に自動化する装置群を展開している。
一方で、イシダの装置は、ほとんどが顧客ごとのカスタマイズが前提となっており、その組み合わせは「天文学的」と言っても過言ではない。ベースとなる機種に対し、オプションや周辺機器、設置環境、ライン構成などの要素が加わることで、案件ごとの仕様が大きく異なるのだ。
「営業担当者が一人前になるまでに必要な知識量は膨大で、それをすべて個人の経験に頼っている状況でした。機種選定のノウハウが属人化していることで、組織としての競争力が発揮しきれていないという課題があったのです」と語るのは、同社 東日本産機システム部 部長の七尾悠児氏。
さらに、見積書作成や受注処理にも負担がかかっていた。営業が仕様を決め、見積書を手作業で作成。設計がその内容をもとに詳細な部品構成を詰めていく過程で、情報のすり合わせや確認作業が繰り返され、手戻りも少なくなかったという。
「営業が提示した構成がそのまま設計に通るとは限らず、何度も見直しが発生していました。人的ミスも起きやすく、非効率な状態でした」と次長の横治岳史氏も振り返る。
製品構成の属人化と業務の非効率を解消するため、イシダが検討を始めたのがCPQ(Configure, Price, Quote)の導入だった。CPQは、営業担当者が顧客の要望に応じた仕様構成を選び、迅速に見積もりを提示できるよう支援する仕組みである。
特に、個別対応が前提となるイシダの製品群では、単純な標準化やテンプレート化では限界があった。だからこそ、「いかに特注性を活かしながら構成ルールを整備するか」が鍵となった。
そこで、外部の専門的な知見を持つパートナーとして、製造業におけるCPQ導入の実績が豊富なフューチャーアーティザンにコンサルティングを依頼した。
「実は、最初からフューチャーアーティザンのCPQシステムありきではありませんでした」と七尾氏は振り返る。「社内でワークショップを開催した際、講師として来ていただいたのがフューチャーアーティザンでした。製造業での実績も豊富で、我々が目指したい仕組みと非常にフィットしていたんです。中立的なコンサルタントとして関わっていただくなかで、“このパートナーとなら進められる”という確信を得ました」。イシダは複数社のCPQベンダーを比較検討したうえで、最終的にフューチャーアーティザンが構築したシステムを採用した。
「自社プロダクトを無理に推すことなく、我々の目線に立ってくれた。そこが信頼できるポイントでした」と七尾氏は語る。
プロジェクトは2017年6月に始動し、同年9月からシステム開発フェーズへと移行した。営業・設計・情報システムの3部門が連携し、従来は感覚的に行われていた作業をデジタル上のルールに落とし込む取り組みが本格的に始まった。
営業コンフィグレーターは、営業担当が顧客とのやり取りを通じて製品構成を導く仕組みである。一方、設計コンフィグレーターは、営業が確定させた構成をもとに、設計が製品図面や部品構成(E-BOM)を展開していく際に活用される。両者をスムーズに連携させることで、営業フェーズから設計・製造までの一気通貫のプロセスが実現した。
「フューチャーアーティザンが当社向けに開発・導入したCPQシステムは、営業と設計の間にある溝を埋めるだけでなく、特注対応を柔軟に維持できる仕組みでした。一般的には、標準化を進めるほど特注対応は難しくなるのですが、このシステムはそのバランスが取れていたのです」と七尾氏は話す。
「フューチャーアーティザンは最後まで我々に寄り添い、共にプロジェクトを成功に導いてくれました。社内だけでは越えられなかったハードルを、外部の支援によって乗り越えることができました」と横治氏も語る。
2019年11月、CPQシステムの運用がカットオーバー。初期段階では対象機種を限定し、スモールスタートで導入を開始した。そこから徐々に対象機種を拡大しながら、システムの調整と改善を繰り返していった。
社内での定着を促進するため、営業担当者向けの勉強会や活用ガイドの配布といった啓発活動も積極的に行われた。「このシステムを活用すれば短納期化が実現できる」というメッセージを徹底し、導入に対する社内理解を深めていった。
現在では、国内すべての営業担当者がこのCPQシステムを活用しており、見積作成業務の精度とスピードが大きく向上している。
「見積もりを作成するだけで、仕様明細まで自動で出力されるようになりました。作業負荷が大幅に軽減され、転記作業が不要になったことで、作業時間は1時間以上短縮されています」と営業二課の火之迫智範氏は効果を語る。
営業二課の和田太一氏も、「システム上で選択肢が提示され、それを追っていけば見積書が完成します。未登録の機種については、手作業で見積を作ると通常の数倍の時間がかかるので、どれだけこの仕組みに助けられているかを日々実感しています」と笑顔を見せる。
営業と設計のすり合わせ回数も大幅に減少し、後工程の効率化という面でも効果は着実に現れている。
現在、イシダではこのCPQ導入で蓄積された構成データを土台に、次なる展開として「スーパー・データベース」構想を進めている。
「営業・設計・サービス・保守など、全ての部門がこのデータベースにアクセスし、過去の事例や知見を活用できるようにする。それによって130年の経験を次の世代に継承したい」と横治氏は語る。この構想の根底には、イシダが長年にわたり積み上げてきた製品構成の履歴や過去の成功事例を、属人化させずに次世代へとつなぐという強い意思がある。
「一人のベテラン営業が頭の中に持っていた“最適解”を、誰もが使える共通資産にしていきたい。それが、この仕組みの真価だと考えています」と横治氏は力を込める。
この取り組みは単なる業務効率化では終わらない。営業がより高度な提案活動に時間を割ける体制を構築することで、企業全体の付加価値を高める狙いがある。
「営業はお客様の課題を深く理解し、最適な解決策を提示する存在であるべき。CPQはそのための手段であり、将来的にはAIやスーパー・データベースと連携し、より戦略的な提案ができるようになると考えています」と、七尾氏は締めくくった。
* 本文で取り上げたCPQのベースとなるシステムは、現在フューチャーアーティザンによってSaaS型ソリューション「Fleacia CPQ」として提供されている。