
梅原由美子氏と語る。製造業の成長と企業価値向上の鍵とは?
日本の製造業は、これまでクラフトマンシップや伝統的な職人技術によって、高い価値を生み出してきました。これからは、そうした強みに加え、アーティザン的な創造性や未来志向の視点を取り入れることで、新たな価値の創出が求められます。フューチャーアーティザンは、日本の製造業と共に価値をつくり出し、競争と共創を通じて、サステナブルな社会の実現を目指します。
本対談では、ESG分野の先駆者でありプロフェッショナルである、Value Frontier 株式会社 代表取締役の梅原由美子氏をお招きし、弊社代表取締役社長 田中剛と、 製造業を中心とした企業の取り組みや課題について議論します。
本ページは、YouTubeチャンネル『アーティザンな人たち』シリーズ『ESGが拓く企業変革』その1およびその2の要約版となっております。
↓↓YouTubeで全編を観る↓↓
■その1「製造業にとっての「価値」とは?企業成長へとつなげるESG経営の挑戦 」
https://youtu.be/ZMO-p5zOkDo?si=NKTDitTPI3XuPS-I
■その2「環境と成長のジレンマを越えるために、製造業に求められる"ESG実装力"とは?」
https://youtu.be/fzDybvAtszQ?si=oVIiuHX-ul9zIcPS
目次[非表示]
企業活動と環境配慮のどう両立・持続させるか?コスト負担と経済合理性のバランスを探る
田中:
ESGというテーマについては、多くの企業が「取り組むべきもの」という認識しているものの、実際に活動を始めるとコストが非常にかかるため、経済活動との両立が本当に可能なのかという疑問が生じます。必須要件だと理解しつつも、動き出せない企業も多く、非常に難しいテーマとなっています。また、各社の理解度にはばらつきがあり、国や制度ごとにも違いが出てきます。
規制も年々強化され、 企業はESGへの対応が不可避となっています。このように、非常に新しい時代に突入していると感じています。この分野に長年携わってこられた梅原氏に、現状や実際の取り組みについてご紹介いただければと思います。
2006年から通り組んだ事業活動を通じて環境課題解決/ ESG分野の先駆者、梅原由美子氏の取り組み
梅原氏:
私は2006年に、Value Frontier という会社を設立しました。創業当初から事業活動を通じて環境課題を解決することに取り組んできました。
当時はGX(グリーントランスフォーメーション)や、経済の本流で「環境」が語られることは、ほとんどありませんでした。ライフサイクルアセスメントなどを活用して、事業活動と地球環境との関係性をデータで見える化し、製品や組織レベルで実行可能な取り組みを積み重ねてきました。
2020年に日本が脱炭素宣言をしたことで、経済の外側として扱われていた環境や自然資本が、ようやくシステムに取り入れられるようになりました。これにより、環境と企業活動の両方が持続可能な社会に向けた仕組み作りが始まりました。私たちから見ると、この進展は2020年以降、非常にスピーディーに進んでいるように感じます。
一方で、短期的な財務オペレーションに慣れていた企業にとっては、新たに投資家からの開示要請などが増え、まずは情報開示に対応することが求められています。上場企業から順次スタートしているこの動きの中で、今後はサステナビリティ情報をどう事業価値に結びつけるかが、経営手腕を問われる重要な課題になってきたと考えています。
サスティナビリティ情報の開示のジレンマと向き合う
──先進企業の挑戦と課題
田中:
情報開示が必須ではなかった時代に、「将来的にこうした取り組みが価値になる」と信じて、いち早く行動を起こした企業もいくつか存在していた、ということですね。
梅原氏:
そうですね。感度の高い社員の方が、これからは必要だと判断してScope1・2・3の算定を行い、自主的に開示を進めた企業もありました。
しかし、経営者から「こうした情報を開示すると、企業が環境破壊をしているような印象を与えるのではないか」という懸念が出され、せっかく開示したデータを撤回するケースもありました。当時は、情報開示が企業にとってネガティブなイメージと捉えられていたのです。しかし、投資家から開示を求められる流れが生まれ、現在では企業側も開示の取り組みを進めています。
田中:
先進的に取り組んでも、必ずしも成功や評価に結びつくとは限らないというのはその通りです。ただ、そのような活動が少しずつ影響を及ぼし、現在の流れにつながっているということですね。
先進的に取り組む中で多くの気づきがあると思いますが、今の経営者が悩んでいるのは、「これが本当に企業価値につながるのか」という点です。情報を開示すればするほどコストがかかる一方で、その負荷を回収できるのか、どこまで投資すべきかの判断に迷う企業も少なくありません。そうした悩みを持つ方々には、どのようなアドバイスをされていますか?
梅原氏:
経営者の皆様にとって、大きな悩みの1つではないでしょうか。各企業が、経営にデータをどう活用できるかを主体的に模索していくことが重要です 。取得したデータをもとに、 どの部分が収益に繋がるのかを見極める取り組みが求められています。あわせて、データを読み解き、活用できる人材の育成も不可欠です。
消費者の意識改革の重要性/持続可能な社会を支える教育の役割
田中:
フューチャーグループでは、サスティナビリティに関するコンソーシアムを立ち上げて、1年以上活動しています。各社が参加することで、一社だけでは生まれないアイデアが生まれ、価値創出に向けた意見交換が活発に行われています。
ただ、「何をやらなければならないか」という議論は進む一方で 、「その取り組みをどう価値につなげていくか」については、まだ十分に意見を交わせる場が足りていないと感じています。
そうした価値の創出には、企業側の取り組みだけでなく、消費者側の理解や行動変容も欠かせません。例えば、カーボンフットプリントを見て商品を選ぶ行動が広がるには、教育の力が欠かせません。消費者が環境配慮に価値を見出せるようになることが必要です。
環境に配慮したハンバーガーセットが500円で販売され、一方で配慮のないセットが350円の場合、多くの人は安価な方をを選びがちです。環境配慮型の商品が選ばれるには、価格を下げる必要があり、結果として企業の負担が大きくなります。
このような状況を変えるには、消費者が「環境配慮に価値を見出せるようになる」ための教育が不可欠であり、私たちも学校などへのプログラム提供を通じて、意識啓蒙に取り組み始めています。
梅原氏:
消費者の意識については、まだ十分に浸透しているとは言えません。ただ、学校教育ではSDGsや環境問題について学ぶ機会が増えており、消費者調査でも気候変動を意識し、それを行動に反映させている人の割合は徐々に増えています。
とはいえ、ヨーロッパでは9割以上の人が気候変動の危機を認識し、自分の行動が地球に与える影響を理解しているのに対し、日本では「自分一人が動いても変わらない」という意識が根強く、行動にまで結びつかない人が多いのが現状です。
北欧やヨーロッパでは、幼い頃から生態系と生活のつながりを学び、買うもの、使うもの、捨てるものが環境に与える影響を理解する教育が行われています。日本でも、こうした教育を基礎的なリテラシーとして広め、社会全体でネイチャーポジティブを目指す必要があると感じます。そのために教育に取り組むことは非常に重要だと思います。
田中:
私自身、さまざまな学びを通じて強く感じたのは、「SDGs」という言葉の認知度が中学生や高校生の間でとても高いということです。授業で扱われていることもあり、ほとんどの生徒がその存在を知っています。
ただ、その“本質”までしっかり理解しているかというと、まだそこまでは至っていないのが現状です。とはいえ、興味を持ち始め、基礎的な知識は身につき始めている段階にはあると感じます。今後、彼らが社会に出るとき、あるいは今この瞬間からでも、「どんな意識を持ち、どう行動すべきか」を考えさせる取り組みが大切だと思っています。実際、ある高校では1年間の探究授業として「ESG」をテーマに設定し、各チームが目標を立てて、アウトプットを生み出す活動に取り組んでいます。単なる知識のインプットだけでなく、実践的なアウトプットを重視しているのが特徴です。
このような取り組みをフレームワーク化し、他の学校教育にも展開できる形を模索しています。現在は、環境省とも相談・協力を進めながら、より広く実践可能なモデルの構築を検討しています。
また、環境貢献と経済成長を同時に進めることが可能かという課題もあります。企業は2020年以降、この"両輪"を動かすべく取り組みを進めていますが、そこにはアイデアの具体化が不可欠です。私たちは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)で定められているScope1~4に基づき、排出削減への貢献や付加価値の創出に取り組んでいます。例えば、製品のカーボンフットプリントをラベリングし、モニタリングや削減を通じて生産工程の見直しを図ることで、製品の価値を高める活動を支援しています。
日本の製造業が直面する、環境負荷の削減と付加価値の両立への道筋
田中:
製造業は日本経済を支える重要な分野ですが、これまで携わってきた顧客へのヒアリングでは、外貨を稼ぐ一方で環境負荷が問題視されるジレンマに直面していることがわかりました。この課題に対しては、環境負荷の削減と付加価値の創出を両立させることを目指し、企業全体で取り組む必要があります。
梅原氏:
エネルギー面でも課題がありますが、再生可能エネルギーやクレジット制度を活用し、低炭素な電力供給を進めることが求められます。早期の取り組みが必要ですが、これもコスト増の要因となるため、計画的な対策が重要です。
田中:
削減だけでなく、新たな価値を創造し、持続可能な成長を目指す取り組みが鍵です。私たちも企業の支援を通じて、経済成長と環境貢献の両立を目指していきます。この議論をもとに、さらなる具体的な施策を模索していきましょう。引き続きご指導をよろしくお願いします。
梅原 由美子氏
Value Frontier 株式会社 代表取締役
DO!NUTS TOKYO 事務局長
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。日本IBM、NPO法人環境エネルギー政策研究所を経て、2006年にValue Frontier(株)を設立し、2019年より代表取締役。カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、生物多様性の3軸で環境共生社会の実現に向けたコンサルティングを行なっている。創業以来、製造業、IT、流通等多業種の企業に対して環境負荷の見える化を通じた環境経営戦略や、自治体の環境行政コンサルティングを行なっている。
※プロフィール出典:https://honkicom.com/about/umehara
▽梅原由美子氏×田中剛対談『ESGが拓く企業変革#1 製造業にとっての「価値」とは?企業成長へとつなげるESG経営の挑戦 』
▽梅原由美子氏×田中剛対談『ESGが拓く企業変革#2 環境と成長のジレンマを越えるために、製造業に求められる"ESG実装力"とは? 』